『ブラック・ジャック』以前に描かれた医者を主人公とした手塚治虫の問題作

140521_kiri_01もうひとりのブラック・ジャックの物語ともいえる『きりひと讃歌』。その『きりひと讃歌』がコンビニコミックとなって発売される。しかも全一巻、総頁数約820頁というボリュームで、一気に読めるのがなんとも嬉しい。

『きりひと讃歌』は、奇病による差別、数奇な運命に翻弄され、絶望し、この世の地獄を味わうことになる医師の姿を描いた作品だ。
また、『ブラック・ジャック』の数年前に発表され、手塚治虫が執筆した初の本格医療作品でもある。奇病というモチーフ、生命というテーマは『ブラック・ジャック』に通じ、この作品があってこそ、はじめて『ブラック・ジャック』という名作があったといえる。

さらに『きりひと讃歌』は山崎豊子の『白い巨塔』を思わせるような社会派サスペンスの要素たっぷりで、『ブラック・ジャック』のような短編作品では描けないドラマチックな展開が見どころだ。その点では手塚治虫の才能が遺憾なく発揮されている。いわば『きりひと讃歌』は『ブラック・ジャック』+『白い巨塔』といったところか。

物語は、犬神沢の村でモンモウ病という奇病が発生したことに始まる。モンモウ病は発症すると骨が変形、獣のような容姿に変貌し、やがては死に至るという病気だ。本作の主人公であるM大医学部の青年医師小山内桐人は、竜ヶ浦教授の指示により、原因究明のために犬神沢の村を訪れる。
が、このことが小山内を過酷な運命へと導く。なんと小山内自らもモンモウ病を発症。さらにその容姿のため、拉致され、見せ物として台湾に売られてしまうのだ。思いもよらない展開、それぞれの思惑と陰謀。果たして小山内の運命は…。

モンモウ病患者が伝染病の疑いがあることで受ける偏見、犬のような風貌による言われのない差別。エリート医師の小山内が徹底的におとしめられ、自尊心を砕かれていく展開はかなり衝撃的といえよう。主人公の医師を患者とする事で、医学界の闇を描くだけではなく、人間の尊厳について描いた本作。手塚治虫は人間とはなんだ? 生きるとはなんだ? 私たちに強く問いかけている。
三栄書房の黒の手塚治虫シリーズ第2弾『きりひと讃歌』(三栄書房)は価格639円(税別)で5月19日より全国のローソンで発売中。

三栄書房
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