いきなり誘拐事件から始まるこの作品『MW(ムウ)』は、ひとりの連続殺人犯を中心に描いた手塚治虫の作品のなかでもかなり異色作である。
なんといってもこの作品の魅力は、恐ろしい連続殺人犯が美しい美青年であるというところ。しかも彼は同性愛者であり、毒ガス兵器の影響で精神を病んでいるのである。この美醜相まった倒錯した世界観がなんとも妖しい。
本作の主人公、結城美知夫は普段はエリート銀行員だが、裏の顔は誘拐や殺人も厭わない凶悪犯罪者。一方、そんな結城の犯罪を止めようと尽力するのが神父の賀来である。立場も考えも違う二人だったが、彼らは同性愛の関係にあった。
彼らの運命を変えたのは、かつて離島で起きたMWという化学兵器の漏出事故。結城はMWの後遺症で、良心やモラルのかけらもない人間になってしまったのである。結城はMWを隠蔽した者たちに復讐し、さらにMWによる大量殺人を目論むのだった。
『MW』は手塚治虫の1976年から1978年にかけて描かれた作品だが、毒ガス兵器、連続殺人といったキーワードは、後のオウム真理教のサリン事件などを彷彿させる。手塚治虫は人間には悪魔的な一面があり、その制御を失ったときには自らの欲望のためにいかなる恐ろしいことでも犯すと考えたのだろう。
三栄書房では「黒の手塚治虫シリーズ」と銘打ち、大人向けの少しダークな作品を刊行しており、これまでも『奇子』『きりひと讃歌』『アドルフに告ぐ』と人間の心の闇、恐ろしい一面を描いた作品を紹介してきたが、『MW』はストレートに犯罪者を描いた作品である。改めてこれらの作品を読んだとき、ときに人間愛を描き、ときに人間の心の闇を描く、手塚治虫の人間に対する洞察の深さに感心せざるを得ない。
三栄書房の黒の手塚治虫シリーズ第4弾『MW(ムウ)』は価格639円(税別)で全国のコンビニエンスストアで発売中。
三栄書房サイト MW
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